ウィステリアのセラピストプロフィール

人は生涯において、いったいどれほどの人と出会えるのでしょう。

「我が人生」の意味を考えながら、最近ふと思う時があります。

スピリチュアル的な観点からいえば、おのおのに訪れる数々の出会いは偶然ではなく必然・・らしいのですが、そういわれてみれば、私のこれまでの人生においても「これぞ必然」と思えるそれは、何度かあるような・・。

* * *

若干27歳にしてガンを発症し、摘出術を受けた1996年。

病棟での同士や主治医との出会いは、私にとって必然的なそれといえるのかもしれません。

早期ガンとはいえ20代で発症した事実。

年齢が若いほど進行が速いのでは?という不安。

「死」のコトバの意味と現実性。

平々凡々な日常から、一人つまみ出されてしまったような孤独感。

他人ではなく、どうして今の私なのか?

当時は様々なコトが頭に浮かんでは消え、消えては浮かびました。

しかし、多くの悩みや不安を抱えて人生初入院をしたとたん、その心境は変わり始めます。

「・・で、あなたはどこのガン?」

「私は○○ガン。あなたは早期? そのくらいじゃ大したコトないわね!」

「そうそう。病気のうちに入らないわ(笑)」

病室に入るや否や、新患の私の挨拶もそこそこに、矢継ぎ早の諸先輩からの質問攻め。

そこでは、もはやガンは当たり前。

ガン患者があふれる専門病院ゆえの光景が、目の前の日常とは隔離された空間に広がっていました。

(不安だったり、落ち込んでいたりするのは、私だけじゃないんだ・・)

心の中で、何かがスゥーっと抜け落ちていきました。

夫や両親・年齢の近い妹という肉親にさえ「この不安がわかるものか」と卑屈になっていたガン告知以降の日々。

考えも及ばなかった現実。

同病を患い、悩み、苦しんでいる人が世の中には沢山いるというコトに、そこに身を置いて改めて気づいた自分。

私だけが一人で苦しみを抱え込んでいるわけではない。

多くの人が同じような不安を胸に、ここに集まっている・・。

病を敵に回し、戦い続ける同士たちの存在が、それまでのへこんだ私に活力を与えていったのはいうまでもありません。
   
その後、検査→手術→退院。

わずか三週間で平々凡々な元の生活に戻り、日を追うごとに笑うと痛むおなかの傷にも慣れていきました。

ゆるやかに流れる時の中、病棟で起きた出来事は当たり前のように徐々に記憶の片隅に追いやられ、詳細を忘れていく自分自身を、こんなものなのか・・と疑問に感じるコトなく受け入れていきます。

しかし、数カ月経ったある日、これまでの経験を形として残さねばという不思議な思いに、突然かられたのです。

もともと書くのは好き。

人生60歳越えしたらいずれ自分史を書きたいと考えてもいた私でしたが、どこからともなく湧いてきた思いには正直驚きました。

それは、使命感がすっぽりと包み込み、まるで何かに急かされているかのような感覚。

しばらくして、なぜ?の思いを抱きながら、使命感に背中を押された私は細々と執筆を始めました。

そして1998年、約一年半の歳月を経て自費出版本が完成。

当初は形となった「我が分身」に素直に喜びもしましたが、達成感で一杯のその思いも束の間。

あっけなくどこかに飛んで玉砕。

入院当日から不安で仕方なかった私の気持ちを最初に救いあげ、本出版を一番楽しみにしてくれていた同士Yさんの訃報を知らせる便りが、突然届いたからです。

間に合いませんでした。

彼女の死をもって「死」に生まれて初めて直視し、ボロボロと涙があふれでました。

限りある命とは、そういうもの。

だから、尊いもの・・。

(もし、この時点で生かされた自分なのだとしたら、何かしらの理由があるのだろうか? 私という存在の意味は?)

と同時に、人生についても考えさせられました。

しかし、答えは早々には出て来ません。

「生と死」を真っ向からみつめざるおえない現実の中で、この手にあるのは出版したばかり本。

開けば、彼女とともにした短い日々がよみがえります。

出版と彼女の死。

このタイミングすら偶然? それとも必然? 思いはグルグルと回り、正直訳がわからなくなりました。

あれから13年。

病気を取り巻く記憶が薄れていく一方の私に、活字となった当時の出来事が時々何かを語りかけてきます。

一つの夢を達成し、同時に自分自身と向き合ったあの頃。

再び人生模索中の今、それら一つ一つがとても大切な宝物であり、道標でもあるようです。

* * *

もうひとつの大切な出会いは2008年。

その前年に長く働いてきた職場自体がなくなり、解雇を余儀なくされ、次にやるべきコトが何なのか見つけられず、短期の仕事でつないでいた時です。

変わらずの現況にため息をつきながら一年。

とりあえずの仕事を探し働き始めた職場で、似たような境遇のFさんと出会いました。

出会ったといっても、仕事内容の違いで接点らしい接点もないままの関係。

数回仕事上で短いコトバを交わすコトはあっても、親しく話すまでとはいかなかった間柄。

そんなある日、私はFさんに声をかけます。

「・・今まで話したコトもないですが、お茶でもしませんか?」

お互いの契約満了日が近づいていた頃でした。

(ここで声をかけなければ、多分通り過ぎるだけの間柄。どこの誰なのか? どこに住んでいるのか? これを逃せば二度と会えない・・)

ふいの衝動・・。

心の中の何かが私を突き動かしました。

場を改めての会話は、あっという間の3時間。

職場のコトやとりとめのない話が続き、穏やかな時間が流れていく中、昔からの友人と話しているような不思議な感覚にとらわれていきます。

(前にどこかで出会ったコトがあるな・・)

直観的に感じ取りました。

そう思う根拠などまったくありません。

ただ、通り過ぎるだけだった人を、あの時呼びとめてしまったのはこのため。

なんとなく、腑に落ちたというか納得したというか・・。

その数日後、心の中に「リフレクソロジー」のコトバが、ふと天から舞い降りてきました。

短期バイトも終了しこの先の仕事はどうするか? あてもなく途方にくれていた私に、何の前振りも脈略もなく、静かにそれは降りてきました。

しかし、これまで携わってきた職種と180度違う仕事。

今まで働いてきた経験等が通用しない分野。

「この場でゼロからのスタートを切れ」と、もし神様が告げているのだとしたら、こんな小心者に対してだいぶ無茶な話というもの。

周囲の環境を出来る限り変えず、波風たたないような場所を好み選んできた我が身にとって、未知の領域は不安以外の何ものでもありません。

(なぜこの時期の、しかもリフレクソロジーなのか? 天職とでもいうのか? そもそも、なぜそんなコトバが唐突に舞い降りてきたのか?)

 一連の出来事は私の思考を掻きまわし、それからの人生を大きく変えていきます。

その後大きな不安を抱えながら、何かに促されるようにリフレクソロジーの世界に飛び込みました。

石橋を叩いて渡る前に、石橋そのものを叩いて壊してしまうほどの小心者の私がそれまでの殻を破り、新たな世界の扉を開く。

並大抵なコトでないのは承知の上です。

ただ、やりたい仕事も見つかっていない今、天からの声に耳を傾けてもいい。

不思議とそう思いました。

そして、Fさんとの出会いがなければ、多分こうはならなかった・・とも。

今までをリセットし、ゼロからのスタートを切ろうか悩んでいた時、Fさんのとの会話やその存在に勇気をもらっていた私。

お互いがこれからの自分を探していた時。

自身の立場はさておき、不安すぎるほどの心にあえて特別な励ましも助言もせず、かといってひどく心配もせずの友人。

「まっ、どうにかなるんじゃない?」

楽観的というか何というか・・。

私の性格とはまるで正反対。

淡々と話すそんな姿の奥に、何を見ていたのでしょう。

出会ったばかりの、私という人間をあまり知らない人。

でも、話せば話すほどに懐かしい人。

(過去世でも会っているよね? 縁があるのだとするなら、新たなスタートを切ったばかりで足元すらおぼつかないけれど、それでも見守り続けてくれる?) 

心のどこかで安堵感を感じる不確かな「繋がり」があるからこそ、今の私が存在する。

そうであって欲しいと信じたい・・。
    

* * *

まるでレールが敷かれていたかのように、バラバラだったパズルが形を成すように人生は流れていく。

人々はその時々行きつく場所で、これまた不思議な出会いを繰り返す。

必然がもたらす様々な出会いとそれらが織りなす出来事は、私を一体どこに連れていこうとしている? その答えが出るのは、この命が尽きる時。

それまでは、流れにこの身を任せ「必然」を楽しむ私でいたいと思います。

さて、お次はどんな人と出会えるのでしょう?

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